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玉井敬泉

玉井敬泉 (明治22-昭和35)画家

玉井敬泉1

昭和20年代、ボッカ(背板で荷物を運ぶ運搬人)の
背に負われて登山する玉井敬泉(右写真ー左)。

年を追うごとに目が不自由になり、
晩年はほとんど光を失った敬泉ですが、
視力が弱くなってからも、
ボッカの背に負われて愛する白山に登り、
白山を描き続けました。

永井旅館の創始者、永井喜市郎と
友人関係にあったことから、
掛け軸や天袋を旅館に寄贈したり、
宿泊のたびに記名帳に白山への思いを絵に描きました。

レリーフ

玉井敬泉レリーフ

黒ボコ岩の観光新道入口付近の岩にはめこまれています。

そのことを知る人は少ないのですが、
白山をこよなく愛した敬泉は、今もなお白山を見守り続けています。

玉井敬泉ギャラリー  ※絵をクリックすると拡大画像が表示されます

つり橋を渡る登山者

つり橋を渡る登山者

敬泉は絵を描くとき、

顔を紙に擦り付けるようにして

描いていたといわれています。

思いのままに深山に歩き入ることが

叶わない自らを登山者の姿に

重ね写したのかもしれません。

雷鳥図

雷鳥図

昔は白山でも見ることができましたが、現在では絶滅危惧種に指定されており、白山ではすでに絶滅してしまいました。現在白山には貴重な動植物が多く残されています。

この絵を通してわたしたちは、第二の雷鳥を生み出さないよう、それらを大切に守っていかなくてはなりません。

六万山図

六万山図

現在ではあまり注目されることも

少なくなった六万山ですが、

泰澄大師白山開山の時、

まずはこの六万山の尾根を

目指しました(現白山禅定道)。

白山山頂

白山山頂

永井旅館に贈られた掛け軸。

中央奥に白山山頂の御前峰が

描かれています。

雷鳥

雷鳥

永井旅館に贈られた掛け軸。

雷鳥親子の絵。やさしい色合いで

描かれています。

天袋の絵

天袋の絵

永井旅館食堂にて

ご覧いただけます。

水墨画で7月の白山山頂が描かれています。